珍しい事ばかり起こる夜だった。

上のランクの隊員でも少々手こずりそうな至急の要請がボンゴレからヴァリアーに入電されたのだが、たまたま使える幹部が出払っていたので、滅多にないことにザンザス自らが出向いていた。

格の違う首席自らの出陣に任務そのものは呆気なく片が付き、入手した品は信用できる隊員が2名、ボンゴレ本部まで送り届けに発った所だった。

久しぶりの実戦はそこそこ楽しめたが、何も無さ過ぎて物足りないのは否めない。擽られた闘争心は満足を得ず、ザンザスの身の内側では炎が未だ渦巻いている。しかし昂ぶりに急かされるまま遊興に耽るガキの時代など疾うに過ぎ去っており、三十を数える今や肉体面だけでなく精神面までも成熟させていた男は、そこに抱えた熾火のように在る狂気を押さえる術を学んでいた。

かといって持て余した熱にすぐに帰還する気にもなれずにいたザンザスは、いましがた仕事を終えて出てきた屋敷の門扉前に立ち、浮かされた心身を冷やすには優し過ぎる夜風に嬲られていた。

暗くうち沈む郊外の一箇所。そこそこに裕福な、表向きは真っ当な商売を生業っている連中ばかりが住居を構えた区画は、景観を損ねないための配慮か規制なのか、皆似たり寄ったりで面白味に欠けたが、そう悪いものではない。

男はぼんやりと愛人の誰かでも呼び寄せるかと向かい正面に建てられた屋敷と敷地を囲う鉄柵を眺める。

(ベローナかルクレツィアかフランチェスカかそれともナターリエ?)

思考の表層に出てくる女の名を上げ連ね、誰が適当かとうざったく考える男は、この年のマフィオーソとしては大変不名誉な事に既婚者ではない。それは彼がもてないからなどという理由からではけしてない。むしろだれも彼もが何故一人身でいるのかと首を捻るほどの男振りで、その気にならずとも、どんな女であろうと腰砕けにさせてしまうような雄臭い大層な美丈夫である。

しかし彼がつきあう女は殆どが娼婦で占められ、それ以外でも結婚に興味がないビジネスライクな女ばかりで、それを逸脱しようとすれば直ぐに切ってきた。

なにより血筋を尊ぶマフィアに属するからには、結婚し家庭をもつ事が重視され、子供を作ってこそ一人前という風評が当然の如くにあったので、上からも下からもせっつかれるが全てを一蹴してきた男である。

「いい父親になりそうだけどね」

などと先頃組織を継いだ自分こそ子供のような背格好をしたボンゴレ10代目は言うが、その気になれないのだから好きにさせろとザンザスは嗤って、テメーが人のこと言えた義理かと皮肉る。

(大体、俺が血を残したところでどうしようもねぇだろうに)

ザンザスが9代目の実子ではないばかりか、ボンゴレとはまったく関わりのない下町の娼婦の子だという真実も知らぬ連中は躍起になって見合い話を持ち込んでくる。しかし所詮先など見越せているからして男は気乗りしない。自身が既に組織として欠かせないだけの一角の人物となったと自負はしているが、やはりマフィオーソは血が全てである。

自分の子供もヴァリアーのボスか、行って門外顧問止まりだろうとザンザスは重々承知していた。よくて守護者に選ばれるか程度に過ぎない。

男の血筋では、どう足掻いたとてドン・ボンゴレと呼ばれる事はないのだ。

10年以上も前に現ボンゴレに打ち負かされて以来、時と共にひがむ心も風化して今や褪せた皮肉が昇るのが関の山となったザンザスは、己を卑下するつもりは毛頭無かったが同時に血への執着もなく、ただ鬱屈と倦怠に色取られた日々をそれなりにこなすだけである。

彼の胸に巣くい、滅多に鎖の解かれる事のない憤怒の獣。彼の糧も、暴れられる領域も稀に与えられる戦場にしか存在しなかった。その味気ない生に無性に喚き散らし、荒れ狂いたくなる時もあったが、それもすぐに消え失せてしまう。

身の内に流れるマグマの如きどろどろとした灼熱は変わらぬはずなのに、何故か発憤させる気力もわかないのだ。大体、それをどこに向けると言うのだ。行き先無く爆発させたとて、それは己が身を焼くだけでしかない。

ザンザスを駆り立てさせるものが、彼の眼を、心を奪うものがこの世界には見当たらず、足りぬなにかに落胆して彼は燃えたぎる炎を凍り付かされてより、ただ流されるままに生きてきた。

なにが足りないのかは分からない。

だがそれはぎらぎらと輝き、きっとザンザスを堪らぬ心地にさせるものだ。

この惰性に喘ぐ激情を噴き出させ、またそれを全て受けてなお傲然とある、強く美しいものだ。それを得てこそ、ザンザスの憤怒は凍るのではなく、鎮静するのだろう。

(バカげた夢想だな)

そう自身でお伽噺じみた願望を唾棄した所で、ふと感覚に触った気配にザンザスはくっと眉目を寄せる。

関わりない人間を巻き込むなど目も当てられない失態をおかさぬ為に、死の来訪を受けるべきとされたこの屋敷近辺はへたに民間人が踏み込まないよう、隊員達が抱囲し監視していたはずだ。

だが異変の報告が入っていない。

しかし彼の神経が捉えた気配は猫などといった小動物ではなく、まぎれも無く人のものだ。

侵入経路の見落としかと一瞬考え、だがレヴィ・ア・タンが徹底して育て上げた直下の隊員達に限っては有り得ないと即座に否定したザンザスは、気分の昂揚もあってそちらに向かって歩み出す。

「ザンザスさま?」

周囲で事後処理に飛び回り、本部と声を潜めて連絡を取り合っていた隊員達が訝しげに呼ぶが、それを無視して彼らの主君は長い足を交互に動かす。

屋敷前に敷かれている石畳。その敷地に添って敷かれた歩道の角に差し掛かる前に、目的が曲がってきて赤い目に姿を見せる。

それは気軽い夜歩きを楽しむように足取りを弾ませた、13・4の少年だった。

月光をきらきらと冷ややかに弾くあちこちに跳ねた銀色の短髪が、痩躯も相まって細い刃物を思い起こさせる。

安っぽいナイフではなく、自城の壁に飾られているような、いざという時には実戦に耐えうるようにしっかりと研がれた、装飾のためだけではない美しい刀剣。

少年は目尻の切れ上がった、頭髪と同じかそれよりかは僅かに色濃い銀の虹彩をした目を見張って、虚をつかれたように立ちつくしている。

予測しない誰かの出現に驚いているというのとは、少し違うように見受けられた。証拠に足下に踊る自分の影を見つめ、真っ先にザンザスの靴先を見つけた時にはぎょっと身を引くような素振りは見せもしないで、至極冷静に目線を上に向けて移動させていった。

それが腿を、胴を、胸を、口元を過ぎ、双眸に差し当たった段になって唐突に眦を大きく刮目させて固まったのだ。

この異端の眼球に対してかと一瞬だれにともしれぬ嘲りを浮かべかけた男は、しかしそこに忌怖の色がないのを不可思議に思った。

その銀色の瞳には、子供がまるでこの上なくうつくしい石を発見したときと同じような輝きが宿っていると感じた。大人にとっては珍しいくらいですまされるとも、庭先で遊ぶ幼い子供にとっては、紛れもなく宝石である石ころ。

だが、何故そんなふうに感じるのか。

冷ややかで硬質な銀色をしているくせに、狂おしいまでに胸を掻きむしる眼球。

それが嵌まる肌は月明かりに青ざめて見えるほど真っ白だったが、血色が美しく透けて所々が淡く色づいているからか腺病質な感はない。

貧弱どころか、むしろ暴力的なまでにぎらぎらと生気が満ちてその細身から発散されていた。

春の宵に相応しく身につけられた薄手のシャツに、姿態の鋭角的なラインが影となって映っている。

ぎりぎりまで引き絞られ、きゅうっと締まったバネのような筋肉が美しい。それが躍動するさまは、大層見事だろう。なにか、全身を使うスポーツでもしているのだろうか。

子供らしいふくふくとした感は姿態には全くなかったが、少し癖がある随分と奇麗なその顔だけはまだ幼さを残して頬の線が柔らかい。

そういえば、短いと言うには距離があるが、歩くのが苦にならない程度に離れた先に寄宿舎があった。

(堅苦しい規則と喧しい寮監の目を盗んでの逃亡中か?それは楽しいだろううよ)

隊員が少年を見落とした理由は変わらず判然としないが、仕事は終わり、以後周囲に危険は波及しようがない。すぐに訪れるだろう掃除屋が、屋敷内の血や弾痕といった戦闘の痕跡をぬぐい去る。享楽に身を持ち崩した金持ちが一人、夜逃げした程度にしか認識はされない。この少年に目撃されたところで、もはや支障はなかったし、以降に起こる事件に関しては、責任を負う必要のないことだ。

だが此処まで時間が経っていてさえ侵入者があったと報告が入らないのは明らかに異常事態であり、その象徴でもある少年を放って置くのは流石に職務怠慢である。

既に此方を窺う配下が捕縛の体勢に入っているのも知覚済みだ。

とりあえず、部下に確保させてから原因の探索をさせる事を決め、自身がこれ以上わざわざかかずらう必要もないと、少年の容姿には些か目を引かれたもしたがザンザスはあっさりと踵をかえした。

事を複雑に考えた男は、単純なスペックの違いを見落としている。

隊員よりも自分の感知能力が大分優れていることをすっかり失念していた男は、自分だからこそ捉えられたのであり、他のヴァリアーは少年の気配を察知することすら出来なかったのだとは気付きもしなかった。

ザンザスらしくはないミスだが、希薄さとはほど遠い存在感に溢れた少年を目にしたのだから、反対に殺された気配に意識が向かなくなってしまったのも無理はない。

視覚だけで捉えた少年は、それほどまでに騒々しかった。

「ちょ!まってくれよ!!」

しかし逆に、男を見て愕然と立ちつくしていた少年が、当初の気楽さからはほど遠い必至さを見せて追い縋ってくる。

なにかに急かされたような。例えばのんびりと歩いていたら、ジェラート売りが場所を移そうと店仕舞いを始めたのを目撃して焦るような駆け足だった。

駆け寄ってくる少年にそうされる前に避けることも出来たが、半信半疑で確信が持てなかったザンザスは敢えてその時を待って、触れらるを感知してもそのまま受けた。

結果、予測した通りにぐいと隊服の裾を捕まれてしまって、彼は心中はなんとも複雑になる。

(まさか本当にするとはな)

途中で躊躇して手を引っ込めるだろうと、そう思っていただけに感慨も一押しだ。

自分が決して取っつきやすい面相でも風体でもないことをザンザスは承知している。

男として望むべくもなく整った容姿を備えてはいる、(「いや、羨ましいくらいだから。ホント」by.某10代目)と他人からも称賛を惜しまれないが、それは決して正にベクトルが向かってるわけではない。屈強な長身のみならず、色彩からして黒髪に赤眼と、不吉な予兆を与えるものだ。

こんな夜半に見るからに妖しい黒服の男達がたむろしているのだから、怯えるまではいかずとも、厄介ごとを避けようというのが寧ろ常識というものではないか。

隊服を握るその指を振り払っても良かったが、微かに鼻孔に届いた馴染んだ香にも見過ごすのが躊躇われ、ザンザスは銀色に向き合った。

 

「な、あ」

 

思うように声が出ない。

乾いて咽喉に絡みついて、出てこない。

少年はもどかしさに歯噛みしながら、それでも必至になって粘つく水分の足りない舌を動かす。

明らかに日向の住人ではない、此処で別れたら多分もう二度と逢えないだろう夜のように黒い髪をした男。薄くとも同じ暗がりに片足をつっこんでいるからこそ、少年には分かった。

その赤い眼に瓦解する寸前の激情を押し込め渦巻かせている男は、容易く邂逅を叶えられるような存在ではないのだ。

だから少年は己を見下ろす、倦怠と飢餓と相反するものを纏い付かせた赤に、ますます焦燥に駆られる。どくどくと全く落ち着こうとしない忙しない心臓を抱えて、少しでいいから係わりたくて、縺れる舌をまわす。

 

「あんた、俺のこと買わねぇ?」

 

緊張を帯びて、どこか切羽詰まった様相までもを滲ませ、誘いかけるに動く、その、くっきりと浮いて、鎖骨まで続く筋が濃い陰影を生んでいる細い首。

縊り殺してやりたい心地にさせる、被虐的なまでに不安定で残酷な危うさ。

整った容姿には不似合いな粗暴な口調は、何故か酷くらしかった。

男娼紛いの科白の方がそぐわないなと考えながら、自身では知る必要もなかったから尋ねたこともないことを尋ねていた。

 

「いくらだ」

 

ほとんど諦めをもっていた銀の少年は、まさか返された諾ともとれる応えにそれ以上言葉が紡げぬようで、色素も厚みも薄い唇を喘ぐように小さく開き、また窄める。

覗く、そこだけ自棄に赤さの目立つこれもまた薄い舌を吸い上げてやりたい情動が生じて、ひくりとザンザスの口端が引きつった。

(女がガキに変わるだけだ。呼び出す手間が省けて結構じゃねぇか)

ペドフィリアの気はないが、欲望を感じたのなら、この少年相手でも、するに支障はない。

間近にした少年から微かに、だが確かに漂う血の香もザンザスを惹いた原因だった。

人工的な甘ったるい香水を振りかけて作られた女の体臭より、血臭を纏った噛み堪えのありそうな青い体躯の方が気分にも合致した。

ザンザスは先刻に嗅いできたのと同じ、愉悦をもたらす狂った芳香に向かって皮の厚い手を伸ばす。簡単に指のまわった腕は硬い骨ばかりの感触をしていたが、そのフォルムが誂えたようにしっくりと馴染んで、酷く手放し難いものだった。

 

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書きたいシーンまでいけなかった!!

いかにも「ペットです」みたいな場面こそが書きたかったのに!!

愛玩動物らしく人目もはばからず、主人のお膝に頬寄せてるのや、足元に座り込んで顎擽られてるのや、お膝に乗って甘えかかってるのや、シャツを肌蹴た主人の胸に伏せてるのや!!

って、してる事はいつものザンスクとなんら変わりないな!!